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   自由談論
     皇位継承問題について

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投稿者 スレッド
yatagawa
投稿日時: 2012-10-4 17:33
登録日: 2006-10-21
居住地:
投稿: 889
No.254056:竹田恒泰氏VS所功氏による討論の雑感
そもそも所氏の主張は、旧宮家の復活を認めないことを前提に語られている。
そして、女性宮家創設そのものが目的なのではなく、継承資格を女系まで認めるべきだという主張であることは、番組司会の辛坊治郎氏がその場で本人に確認した。

これはまったく矛盾する論理となる。
旧皇族が「皇統に属する皇族」に戻ることができなくて、二千年間、けっして「皇統に属する皇族」になれなかった一般人男性の子供がなぜ皇統に属することができるのだろうか。

この話は万策尽くして最後まで男系による継承を模索するか、悠仁親王殿下までで一区切りとして、それ以降は女系への道を広げるか、ということに尽きる。

それをふまえ、竹田氏は論点を明確にするため「所氏は一般的に言われている女系派とは異なる。皇學館大学元学長の田中卓氏などは、女系が正統であると言っている。所氏はそうではない」ということを確認した。
田中卓氏、高森明勅氏、小林よしのり氏らは、「男系継承はシナ男系主義の影響に過ぎない」と切り捨て、「女系を認めることこそ正統である」と断言する。
二千年の男系継承そのものを否定的にとらえている。

その違いを区別した上で、竹田氏は「所氏がこれまで一括して述べているのは、男系により継承されてきた歴史的事実は極めて重たいということ。ただ、仕方がない場合は女系もやむを得ないという。一方で、女系になっても本質的に問題はないというが、歴史的に極めて重たいものが崩れて、なぜ本質的に問題はないのか?」と核心となる質問をぶつけた。

それについて所氏は回答で「皇祖神として天照大神という女神を仰いでいるという事実を考えれば、男系とか女系とか、男子とか女子よりも、皇室の御祖先が大事」と述べた。
この回答を聞いた私は「???」の思いだった。
所氏の著書で述べている「女系も本質的に問題はない」という理由はそれではなかったからだ。

所氏の著書で述べられているのは次のとおりである。

「皇室には元来、氏(姓)にあたるものがなく、結婚により一般から入る人の氏(姓)は消えるため、女性であれ男性であれ、その生家により皇胤=皇統が左右されることには決してならないのである。それゆえ、皇位継承の資格を男系(父系)だけに限る現行のあり方を、これから女系(母系)にも広げること自体は、本質的に問題がないと思われる。」

これは歴史的事実をまったく無視した見解である。
学術的見解ではなく、所氏の“感想・想像・思いつき”に過ぎない。
まず“姓”とは父方の出自を表すものである。
一般から皇室に入った女性の姓が消えたのではなく、生まれた子供に母方の姓は受け継がれないということで、母系の“姓”は消えることになるのだ。
だから、一般男性が結婚により皇室に入ることによって生まれた子供は、父方の“姓”を受け継ぐことになる。
消えるのは母方である女性皇族の“姓”である。

ちなみに現在、皇室に入った一般女性の氏が消えるのは、「戸籍法」上のことである。
法制度によって氏(姓)を消せることが根拠になれば、場合によっては法制度で一般人の誰でも皇族や天皇にできることにもなってしまう。
雅子妃殿下や紀子妃殿下はご結婚によって氏は消えたが、皇位継承資格は絶対に持てない。
それは法制度と歴史的な皇位継承制度はまったく関係がないことを表している。
法制度で皇統を語るのは論外である。


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やたがわ

yatagawa
投稿日時: 2012-10-4 17:34
登録日: 2006-10-21
居住地:
投稿: 889
No.254057:竹田恒泰氏VS所功氏による討論の雑感
それはともかく、所氏は「女系が本質的に問題がない」のは天照大神が女神であることが根拠であると述べた。
しかし、二千年以上、歴代天皇は天照大神が皇祖神であることを知らなかったわけでもあるまい。
天照大神が皇祖神であるということを当然に知っておられた歴代天皇が一貫して皇統を男系により受け継いでこられた。
これが所氏も述べた「極めて重たい男系により継承されてきた歴史的事実」なのである。
皇祖神を男系により継承することが皇統であり、極めて重たい歴史的事実となる。
「皇祖神イコール重たい歴史的事実」であり、なぜ「皇祖神(神話)」と「歴史的事実」を分離することができるのか。
さらには歴史学者である所氏が、「重たい歴史的事実」より「神話」をとったのは、何とも皮肉なことでもある。


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やたがわ

yatagawa
投稿日時: 2012-10-4 17:38
登録日: 2006-10-21
居住地:
投稿: 889
No.254058:竹田恒泰氏VS所功氏による討論の雑感
ところで、天照大神が女神なので、その子孫は女系になるか、というと、これまた事実と異なる。
まず、冒頭から「男系」、「女系」ということで語るから、話がややこしくなる。
本来、皇統は「男系」ということでは表現せず、「万世一系」といってきた。
「万世一系」とは何かと聞かれてはじめて、「男系」により継承さている皇統ということになる。
「万世一系」は明治以降の言葉だと言われたりするが、大事な部分は「一系」の部分である。
「一系の天子」というのは明治以前からある概念だ。

「男系」というからには、父方の系統と母方の系統が存在しなければならない。
天照大神の子が女系であるというなら、父方の系統は何かということも説明しなければならない。
「古事記」「日本書紀」を読むかぎり、父方は存在しないか、もしくは須佐之男命(スサノオノミコト)のどちらかだ。
天照大神とスサノオによる誓約(うけひ)により、のちの跡継ぎとなる神も含めた神々が生み出されているので、父はスサノオという考え方も成り立つ。
お互いの物実(ものざね)を交換して神々を生み出した。
天照大神とスサノオを生んだのは伊弉諾尊(イザナキノミコト)であるから、一貫した男系継承であることを物語る。
ただし、物実は交換したにせよ、お互いが別々に神々を生み出したので、父方は存在しないという考えも有力だ。

ところが、大事なのは天照大神の子の父親がスサノオか、もしくは存在しないのか、そいうことではない。
天照大神の両親にあたるイザナキとイザナミは同じ神から生み出されたので兄妹であると考えられている。
父方の系統と母方の系統が別々に存在しているわけではない。
どちらも同じ系統となる。
つまり、天照大神の子である天之忍穂耳命(アメノオシホミミノミコト)までは男系も女系も存在しないのだ。

皇統にはじめて母方の系統が誕生するのは、天照大神の孫にあたる邇邇芸命(ニニギノミコト)からとなる。
父であるアメノオシホミミが結婚によってはじめてお嫁さんをもらったから、母方の系統が誕生した。
ニニギも天孫降臨で地上に降りてから、サクハナコノヤヒメという美しい女性と結婚して跡継ぎとなる子供を設ける。
つまり、そもそも一系統だったものが、天孫ニニギノミコトから二系統になり、そこから以後、父方の系統を代々受け継いできたのが皇統となる。
皇統が「男系」というから天照大神のところで(?)となるのだが、「一系」と考えると、何の問題もないことがはっきりする。

これは私の思いつきではなく、「古事記」の記述を見れば明快である。
その生誕について、天照大神の子であるアメノオシホミミまでが「成る」と表現され、ニニギからは、以後すべて「生まれる」と表現されている。
一系統のときは「成る」、二系統になって「生まれる」となる。
天照大神の跡継ぎであるアメノオシホミミが生み出されるときは「成る」と記されており、これは女系には該当しないのである。
「古事記」には天照大神が男神とも女神とも記されていないのは、そんなことはどうでもいいことだったからではないだろうか。

また、「皇統譜」を見ても、はじめて「妃」という記述が登場するのは、天照大神の子であるアメノオシホミミからである。
だから母方の系統が登場するのはその子ニニギからとなる。
したがって、天照大神とその子アメノオシホミミまでは男系も女系も存在しない「一系」、天孫ニニギノミコトから男系のみを選択し続けた「一系」となる。
皇統は、そのはじまりから完全に一系が貫かれている。
これを的確に表現したのが万世一系という言葉である。

「天照大神が女神だから女系だ」という人には、「天照大神の子であるアメノオシホミミは、“成る神”ですか“生まれる神”ですか?」
と尋ねればいい。
相手が専門家ならドキッとするだろう。
また、あわせて「天孫ニニギノミコトは“成る神”ですか“生まれる神”ですか?」とも尋ねる。
結婚によって“生まれた”神は、ニニギノミコトからであり、以後、一貫して父方の系統を継承してきているのが皇統だと、教えてあげればいい。

今後、皇族女性が聖母マリアのように処女懐胎されるのであれば、天照大神の事例に該当するが、結婚されるのであれば、その子は「生まれる」のであるから、これまでの原則にしたがうなら父方の系統を選択しなくてはならない。
父方の系統を選択して皇統につながらないのであれば、それは皇統断絶を意味する。

「天照大神が女神だから女系でもいい」というのは「古事記」の素人である。
所功氏は歴史学者でありながら、「極めて重い歴史的事実」と自ら語る歴史の部分を無視して、神話に頼ったが、「古事記」の素人であったから、最終的には「ただの素人」の戯れ言だったという結論でしめくくることにしよう。


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やたがわ

yatagawa
投稿日時: 2012-10-10 23:12
登録日: 2006-10-21
居住地:
投稿: 889
No.254671:目先の安定にごまかされるな
「やしきたかじんのそこまで言って委員会」の一幕。
田嶋陽子「私は天皇制を国民の心の柱としえ存続させたいと思うなら、女系を認めた方がいい」
宮崎哲弥「田嶋さんも天皇制度は持続した方がいいと考えるの?」
田嶋陽子「今、それを私にイエスかノーか強要しないで」。

何と皇室がいずれなくなった方がいいと思っている人が高森明勅氏の本を絶賛し、所功氏の女性宮家創設論を支持している。

日本経済新聞は今月6日付けの紙面で、女性宮家創設問題について井上亮編集委員による「真の伝統を見極め議論を」という提言コラムを掲載した。
これは女性宮家創設を支持する見解だが、筆者が真の伝統を見極めよという根拠に、「戦前約20あった宮中祭祀の9割は明治期に創設されており、大喪の礼・即位の礼などの儀式は欧州の王室を参考にした和洋折衷的なものだった」と指摘する。
これはおそらく皇室祭祀を否定的にとらえている原武史氏の論をそのまま引用しているのだろうが、事実ではない。
明治に「皇室祭祀令」が整備されたのは、古来の伝統をふまえたものだ。
明治に創設されたというのは、江戸時代より前にはなかったと言いたいのだろう。
しかし、それは正確性に欠ける。
幕末にさしかかる頃、後桃園天皇が後継不在で崩御されたことで、7親等離れた光格天皇が即位されることになった。
傍系から即位された光格天皇は、そのことを意識されていたようで、皇室の伝統への思いが強く、たびたび中断していた古代からの祭祀を本格的に復活されたのだ。
それが明治になって制度化されたのである。

さらに井上編集委員は「万世一系、男系継承も明治に確立した思想だ」と述べる。
男系継承が「思想」・・・?。
いったい何の思想だろうか。
明治の近代化、そして近代国家としての立憲君主制と男系継承にどういう因果関係があるというのか。
事実関係としては、帝国憲法制定作業の当初は女帝・女系論が優勢だったのだ。
それは西洋の王室が参考にされていたからだ。
ところが、井上毅が学者による研究チームをつくって、「古事記」「日本書紀」をはじめ、わが国のあらゆる歴史書を調べさせた結果、皇位継承に厳格なルールがあったことを発見したのだ。
思想でも何でもない“事実”である。
そもそも、そんな当たり前のことを発見しなければならないほど、明治政府には学問の疎い下級武士が多かったのだ。
だから、その他のことで間違いもそれなりにあったのは確かである。
しかし、皇位継承制度については井上毅によって救われたのが事実である。
思想など何もなかった。

私がこの記事について問題性を感じたのは、積極的に女系天皇論を唱える高森明勅氏や小林よしのり氏ですら、「明治に祭祀が創設された」などという主張に強く反対していたことだ。
天皇が他の国王と違うのは、祭り主である存在にある。
祭祀の否定は、天皇の否定につながる。

祭祀を否定し、天皇を否定する人たちによって支持され、進められようとしているのが女性宮家創設なのだ。
所氏や高森氏は、結論は同じでもこの日経新聞の編集委員のような主張は否定すると考えるのかもしれないが、二千年の皇位継承の原理原則が崩れたときには、ほぼ間違いなく、なし崩し的に井上編集員や田嶋陽子氏らが思い描いている皇室の姿へと変わっていくだろう。
その行き着く先は皇室の廃絶である。
所功氏は「大切なことは皇室が末永く続くこと」と語るが、前述のようなことで、本当に皇室が末永く続くと考えているのか。
考えているのであれば甘いと言わざるをえない。

皇位継承制度に合理的な安定を求めるのであれば、過去において女系継承が選択されているはずである。
あえて、不安定な男系継承を続けることによって、二千年の安定を実現したのが日本の皇統なのだ。
女性宮家創設や女系天皇論を支持する人たちは、目先の合理的な安定にとらわれているだけである。

皇室が二千年も続くというのは世界史的な奇跡である。
その奇跡を今後、千年、二千年続けようとするのであれば、現代人による浅知恵ではなく、二千年の歴史・伝統に沿った方策をとるしかない。
現代人の思い上がりを戒めるのが先人たちの叡智でもあるのだ。


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やたがわ

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